祝言の日まで5

2011.03.02.Wed.08:15




 新しい館をどこに建てるか、それは思いのほか難題で、なかなかこことは決まらなかった。
「方位的によい土地というものはそうはないものですが」
 長年輝の御子につかえてきた人々は、壮麗で豪奢な新宮を造ることをつよくすすめようとした。
「民は疲れきっている。これ以上負担を強いることができるとお思いか」
 闇のものはそう反論する。
「とはいえ、畏れ多くも大王を粗末な小屋などに」
「小屋か」
 ため息混じりに言うのを聞きつけて、ぴりりとその場が張りつめた。
 しかし当の本人はのんびりとしたものだった。
「わたしのいるところは雨風も吹き込まないし、そう寒くもない。寝床は暖かいし」
 稚羽矢はまじめな顔で言った。
「そりゃあ暖かいさ、狭也がいるもの」
 くちばしをはさんだのは鳥彦だった。大王に無礼な口をきく鳥彦を、常々快く思わないのは輝の人々だった。
 彼らは稚羽矢と目を合わせることも畏れ多いとかしこまっているのにもかかわらず、友だちのような口をきくカラスをあからさまに嫌っているのだった。
 輝の重鎮が咳払いをすると、膝をすすめた。
「新たな御座である宮の建設もさることながら、さらに重要なことがございます。大王におかれましては、春までには后を娶られることをお勧めいたします」
「そのことについては、以前伝えたかと思うが」
 開都王は固い声で言った
「后については、心配無用だ。大王ももとめる乙女はすでにいる。そうでしたな」
 稚羽矢は飛ぶ鳥のことを思うような上の空の様子で闇の人々をいらだたせた。
「恋うてたまらぬお方がいるようには見えませんな」
 そうとられても仕方ない稚羽矢の態度ではあった。狭也と二人そろって大王の御座に立ったことはまだない。
 そのことは小さくはない懸念の種なのだった。こう言い出してくるのは当然のことだ。
「乙女? そういえば、昨日は大勢の乙女をみたな」
(稚羽矢ときたら!)
 鳥彦はあまりにあきれて声もでなかった。
集められた娘たちは、侍女ではなく選りすぐりの美姫たちだ。すべてあらたな大王と娶せるために連れてこられたのだ。稚羽矢が娘たちを見たのも決して偶然ではない。
 鳥彦はにこやかにほほえんだ壮年の男をにらんだ。月代王のごく近くにいた山城一族の長は、闇の陣営とも剣を切り結んだ宿敵でもあった。
 しかしその面はしずまりかえった水面を見るようで、本心というものがまるでみえない。
 ほかの豪族たちのように嫌悪や憎しみを示すほうがまだわかりやすくていいと、鳥彦は本気で思うのだった。生まれ変わりを憎んできた人々が、鳥彦にほほえみかけるなんてあり得ぬことなのだ。人の心というものはそう簡単に変わるものではない。
「わが山城の領内で一番の美しさと言われる姫が、大王にお目通りすることを心より待ち遠しく願っております。昨日到着いたしましたのも春を待てなかったゆえのこと」
 山城王は平伏した。ざわめきの中、開都王と科戸王はおせじにも機嫌がよいとはいえない顔つきだった。稚羽矢はといえば、じつに気安く請け合った。
「わかった。会おう」
(わかってない。わかっていないんだな、ほんとに)
 鳥彦は腹を立てていた。すぐにでも稚羽矢と姫君は顔を合わせることになるだろう。そこで否も応もなく話でもしているうちに、あれやこれやのお膳立てで稚羽矢は姫君を妻問いすることになるのではないか。
(ありえる)
 ため息をつきたい気分だった。山城の姫君のほかにも、以前輝の宮に勤めていた采女たちも、もともとは豪族の姫たちだ。新たな大王の気に沿うよう、様々に飾りたてているらしい。
 この場に狭也がいないのが幸いなのかそうでないのか、わからなかった。彼女は闇の巫女の役目を果たすべく、まほろばに古くから封じられてきた神を解き放つという仕事があった。ほかの土地とはちがい、まほろばにはひときわ強大な土地神がいることは周知のことだった。
 その役目が終われば稚羽矢と狭也は祝言を取り結ぶはずなのだった。 
(これはひと波乱ありそうだ)
 静かな稚羽矢の横顔を見ながら、鳥彦はそう思った。
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