空色学園 真人編 

2011.11.12.Sat.04:05
 玄関のベルを鳴らすと、真人はドアのむこうの騒がしい物音に思わず笑ってしまった。真人とは幼なじみであり、今年の春から同じ高校に通い始めた狭也は、いつもなら真人がくるころには靴をはいて家の前まで出ている。
(寝坊でもしたかな)
 学校に行けば学年も離れているのでおいそれと話もできない。朝の登校の時間は、真人にとって誰にも邪魔されず狭也といられる唯一のときなのだった。
 学校に行けば、どこからともなく顔を出す下級生の男子がまとわりつき、狭也も親戚だとかで甘い顔をする。
(中等部の生意気なやつめ)
 それ以上に厄介なのは、これも狭也の遠縁にあたるという教師の一人が、教師にあるまじきやましくもあつかましい視線で狭也をいつも注視していることだ。同じ男として、やつの考えはわかりすぎるくらいわかる。
 先生面をしても無駄だ。無駄。
(いつか道を踏み外すんじゃないか、あの科戸のやつは)
 教師だとて、なんだとて、狭也を傷つけるものがあれば、真人は黙っていられない。
(狭也にほんの少しでも自覚があれば)
 拾った子犬をみつけたら、なにがなんでも庇護するような娘だ。その甘さにつけこまれて、いつか泣くのじゃないかと気が気ではない。
「真人、おはよう」
 ドアが開いて、狭也が靴をつっかけながらでてきた。よほど急いで支度をしたのか、寝癖もそのままだ。ほっぺたにご飯粒がついている。真人は吹き出した。
「ごめんね。なんかばたばたして」
「夜更かしか?」
 狭也は苦笑いをした。
「うん。昨日はね、お客さんがいたから」
「客」
 いやな予感がした。ドアの奥から出てきたのは、眠そうに目をこすった稚羽矢だった。
「もっと寝ていたかった。狭也の布団はあたたかいから」
(ケンカを売っているのか、そうなのか。そうなんだな)
 狭也はあきれたように言った。
「シャツが出てる」
 本当に信じられない。狭也がねぼけたやつの身支度を整えている様子を、真人は腹立ちとともに眺めていた。
(どうしてこいつが狭也の家に泊まっているんだ)
 子どもではないのだから、真人だってすすめられたとしても当然遠慮するところだ。
「いつも一人で夕飯を食べてるんですって。それも、ろくろく温めもしないで。なんでもないように言うところが、ちょっと放っておけなくて」
「狭也」
 すっと割り込んできた稚羽矢が、狭也の頬に唇をつけた。
「ご飯粒が」
 稚羽矢の舌の上に、たしかに一粒乗っている。うろたえた狭也は赤くなって稚羽矢をにらんだが、怒ってはいない。
(部外者はおれか?)
 一年生とは思えない落ち着きを持った稚羽矢に、真人は一種の気後れを感じる。大変な資産家の息子とは聞いているが、そう手厚く世話されているというわけでもなさそうだ。人にすすんで話しかけることもないし、身なりにもかまわないところがある。
 狭也がなにくれと声をかけているのに気づいてはいたが。
(こういうたぐいは、一度甘い顔をするとそれにつけこむ。関わったほうが負けだ)
 照日、月代の二人の教師の弟にあたるやつが、腹にどんな考えを持っているかわかったものではない。
「狭也、見て。今日は空に雲がない」
 稚羽矢は子どものように笑った。
「そうね。本当にいい天気」
 一日の最大の楽しみ、狭也との登校を邪魔されて心が晴れようはずもなく、真人は一人肩をおとした。
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