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初寝3

Category白鳥異伝 二次
 腹を立てて出てきたことを、小倶那はすぐに後悔した。いつもなら、しばらくは炉辺でとりとめのない話をしてから寝床へ入る。遠子はそのころには背を向けて眠っていて、小倶那は心のどこかでほっと安堵をしながら隣でやすむのだ。
 菅流の言いたいこともわかる。痛いほどわかるのだ。でも、小倶那は遠子に触れることをおそれてもいるのだった。何が怖いのかはわからない。
(子どもの頃に戻りたいと、そう思っているわけではないのに)
 無邪気に寄り添っていられた頃、小倶那は遠子に守られてばかりだった。けれど、今は違う。彼女を守ることもできるし、思うままに抱きしめることもできる。
(ぼくは、どうしたいのだろう)
 灯りがついていることに気づいて、小倶那は足を止めた。遠子はまだ起きている。
 二人きりになることを、いままでなんとなく避けてきた。菅流のせいにしてはいけないと、小倶那は思い直した。剣を手放し、再び地上に戻ってこれたのは、遠子のそばで小倶那として生きたかったからだ。本願をないがしろにして、ぐずぐずしている自分に腹が立つ。
 戸を開けると、遠子の声がした。
「菅流?」
 ぶたれたような驚きに、小倶那は目をみはった。腹の底からこみあげてきたのは、あざやかな怒りだった。
「ぼくだよ」
 小倶那は静かな声でささやくように言った。どうしてこんなに落ち着いた声が出せるのか、われながら不思議なくらいだった。
 体が焼けそうなくらい熱い。酒のせいではなかった。おそろしく不穏なことを考えながら、小倶那は床に敷かれた毛皮の上で沓を脱いだ。
「あら、今夜は早々に引き上げてきたのね」
 遠子は裏打ちのしてある暖かそうな着物を着込んで、寝床に入り半身を起こしていた。
「追い出されたんだ」
 ほほえみながら、遠子はつぶやいた。
「あなたがいたら、みんなくつろげないでしょう。命でなくなったとはいえ、あなたはあの人たちにとって特別なんだもの」
「特別か」
 小倶那は遠子の顔をのぞき込んだ。
「きみの特別は?」
 すこし黙ったあと、みるみるうちに遠子の白い頬には赤みがさした。わずかな灯りのもとでも、はっきりとわかる。
「・・・・・・小倶那は人でなしね」
 手をのばし、小倶那の結った髪を解くと、遠子は戸惑ったように目をそらした。手をつかむと、遠子は身をよじって離れようとする。
「どうして逃げる」
「寝たふりをしていればよかった。あなたがこんなに早くくるとは思わなかったわ」
「どうして。ぼくとは話をしたくない?」
 遠子はふくれた。
「それはあなたでしょう。わたしのことをさけていたくせに」
 頬に唇を寄せると、遠子は体を大げさなくらいふるわせた。そういえば、こうして間近でふれあうのは、ひどく久しぶりなのだった。
「ぼくのことを嫌いになった?」
 菅流に来てほしかったか。情けないそんな言葉がのどから出かかって、小倶那は唇をつぐんだ。言ったら、どうにもならない袋小路にはまりそうでこわかったのだ。
 遠子はおずおずと小倶那をみつめた。
「風邪を引くわ、こっちへ来て」
 寝床の中で見合うと、遠子ははにかむようにして笑った。
「あなたったら、ほんとうにずいぶん大きくなったのね。布団からはみ出てしまうわ」
「それほどでもないよ。遠子がぼくのを取っていくんだ。きみの寝相の悪さは、子どもの頃からかわっていないね」
 やりきれなさを無視しようとしたが、遠子を前にしてはなかなか難しかった。嫉妬はしぶとく小倶那をさいなみ、そばにある遠子の体温はやましい思いをかきたてるのだ。
「何を怒っているの。菅流とけんかでもした?」
 遠子の唇が、スガルと動くのを見ていられなかった。小倶那は不意を打って唇をふさぐと、ちいさなあごを指で持ち上げて、いっそう深く口づけをした。
 遠子はこぶしで小倶那の胸をたたいたが、それは抵抗と言えるものでもない。
「静かに。楽にして」
 どこかで聞いたような言葉だと思いながら、小倶那ははだけてあらわになった胸元にふれた。鼓動が速い。遠子はきつく目をつぶって、唇をかみしめていた。
(そうか)
 いつもまっすぐで、まぶしく見える遠子を、こんな風に組み伏せていいものかと、心のどこかで迷っていたのだ。そうするのにふさわしくない自分だと、いまさらのようにためらっていたのだ。
 故郷を滅ぼし、取り返しのつかない破壊を繰り返してきたこの手で、遠子を思いのままにしていいはずがないと。
「遠子」
 小さな声で小倶那は言った。目を開けた彼女は、声もなくぎゅうと小倶那を抱きしめた。
「なぜ、泣くの?」
 遠子はいたわるように、小倶那にそっと口づけをした。
「豊葦原じゅうを探しても、あなたほど慕わしい人はいないわ。これは特別ということよ。小さい頃から、わたしたちは双子のように育ってきたわね。あの時と少しちがうのは、わたしが別のやりかたであなたを想うことができるようになったということなの」
 遠子は小倶那の胸に触れて、聞き取れないくらい小さな声で言った。
「今の幸せが信じられない。時々、夢なんじゃないかって思うくらいよ。でも、あなたはここにいる。戻ってきてくれた」
 小倶那は遠子をみつめた。
「それだけでうれしかった。でもね、今はちがう。もっと、触れてほしいの」
 遠子はくしゃみをした。
「寒いからじゃないのよ」
「衣を脱いだほうが暖かいのだってね。こんな晩は」
 小倶那はおかしくなって笑った。遠子の言葉ひとつで、苦しみがやわらぐのが不思議だった。
 皇子ではなく、影でもなく、小倶那をただひたすらみつめてくれる瞳。遠子がいたからこそ、いるべきところを見失わないでいられる。
「小倶那」
 ためらいがちに、遠子は声を上げた。体を押しつけたときに、高ぶりがやわらかな太ももにふれたのだ。
 遠子はあわてたように、小倶那をおしのけんとする。それを許さず、ぐっと顔を近づけた。
「遠慮をするのはやめた」
 小倶那はかすかに笑いながら、あらためてこの人にはかなわないと、諸手をあげて降伏したのだった。
 遠子にはきっと一生、頭が上がらない。
「ぼくをごらん。ぼくだけを」

 翌朝、目をこすりながら起き出してきた菅流は、武彦にたずねた。
「これはどういうことだ?」
 武彦は笑うまいと我慢しているせいで、いかつい顔をゆがませながら言った。
「遠子どのがたいそうご立腹でな」
 大きなよく通る声が響き渡った。
「小倶那ったら、疑っていたのね」
「だから、謝っているだろ」
(なんだ、うまくやれたようだな)
 菅流は胸をかきながら、あくびをした。
 小倶那が寝床にやってきたら、違う男の名を呼んでやれ。そうしたら小倶那はきっと遠子にかまう気になるだろう。
 遠子にしてやった罪のない入れ知恵に、小倶那はうまく引っかかったのだ。
(少しは感謝してほしいもんだ)
 気心のしれた者なら、小倶那が困りながらもうれしさを隠せない様子でいるのがわかっただろう。
 朝の光がそう見せるのか、遠子はぷんぷん怒っていてさえきれいで、小倶那を見る目はどうも遠慮がちときている。
 幼なじみに恥じらう朝があるとすれば、共寝のあとぐらいだろう。
「放っておけばいい。犬も食わないたぐいのやつさ」
 はやく春にならないものかと、菅流はため息をはいた。

 降りつもった雪は深く、まだまだ春は遠いようだった。
 
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