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初寝2

Category白鳥異伝 二次
 冬のさなか、雪に閉じこめられたようなこんな夜は、思い出話がよい肴となった。男所帯ででる話といえば、自然と女性には聞かせたくない際どい話題になる。
 小倶那をいまだ敬い礼を尽くしてくれる人々は、あからさまな話など決して小倶那の耳には入れなかったが、菅流はそもそも小倶那を手のかかる弟くらいにしか見なしていないような節もあり、投げかけてくる言葉にもいっさいの遠慮というものがないのだった。
 遠子が一足先に寝床に向かい、そのあとに菅流がはじめた艶話は、いつのまにか人々の顔をほころばせ、酌み交わされる八塩折とともにこわばった舌をなめらかにしたようだった。
「美しくても、おとなしいのはつまらない」
 菅流が言うと、誰かがちゃかした。
「おぬしは美人をわざと怒らせるようなところがある」
「白い頬に血がのぼって目は輝く。怒った女ほどそそるものはないぜ。人をぶつほど気の強いのも悪くないな。そういう女ほど、一度こちらに身をまかせたら、熱くこたえるものさ」
 小倶那にはよくわからない趣味だった。少しずつ酒をなめていると、膝をかるく蹴られた。行儀悪く足をのばしてきた菅流が、面白がるようにこちらを眺めている。
「なんだ」
 小倶那はびっくりして人々を見回した。じっと視線をそそがれていたことに気づいたのだった。いささかうろたえながら小倶那は咳払いをした。
「聞いていなかった。すまない」
「よいのです。世迷い言です。こら、命に失礼なことを申すな、おぬし」
 武彦が苦い顔で口をはさんだ。菅流は気にもとめず、たずねた。
「女を知っているのか、知らないのかときいたのさ」
 すこしだけためらった。誰にも話したことがなかったからだ。けれど、いい機会かもしれなかった。小倶那はもはや命ではなく、ただの小倶那だ。皆がこの話を聞いたら、いくらか近しさを感じてくれるかもしれない。
 小倶那は唇を笑わせた。
「知っているよ」
 御影人として教育を受けていた日々のことを、小倶那は簡単に話した。そして、十六の夏の夜のことも。
 思い出せることは、すべて話して聞かせた。皆が押し黙っているので、小倶那は照れくさくなって目を細めた。
「つまらなかったろう。ぼくの初寝はそんなものだ。名前も知らない、顔も知らない人に手ほどきを受けた。両手でかぞえられるほどの逢瀬だ。おぬしらのように、強く求めて枕を交わしたわけでもない。・・・・・・情けないことだと思うか?」
 菅流はあきれたように小倶那をみつめた。
「ばか。なんていい思いをしたのかと、うらやんでいるんだよ」
 菅流はおおげさに肩をすくめてみせた。今まで相づちを打つほかは黙って晩飯をかき込んでいたが、箸をおいたあと、菅流は頬づえをついて物思わしげに見つめてくるのだった。
「皇子さまにしてはなんて奥ゆかしいのだろうと、おれは感心していたというのにな」
 外はひどい吹雪だ。小倶那は炉辺に燃える赤い火を見つめながら、ふとほほえんだ。
「夢だったのかもしれない」
「そんなわけあるか。できることなら、おれだってそんな夢をみたいもんだ。遠子が聞いたらなんというかな」
 菅流はにやにやした。
(話すのではなかった)
 後悔は役にも立たない。菅流はこう見えて大変な聞き上手で、彼が知りたいと思うことは誰であれ黙ってやりすごすことなどできないのだと、小倶那は気づいた。笑顔と、気の利いた質問を繰り出され、それを無視して立ち去ることはむずかしい。
 菅流は穏やかならぬ目つきで言った。
「ああいやだ、いやだ。おまえは、なら、どうして遠子とさっさと夫婦にならないんだ。ほんとうにいらいらするな」
 小倶那は頬に血がのぼるのを感じた。
「おぬしには関係ない」
「あるさ」
 ひょうひょうとして、菅流は言った。
「いつ遠子が女の顔をしはじめるのか、おれは見届けようと思っている。なんだ、そんないやそうな顔をするなよ。人をこれまでさんざんにこきつかっておいて。人の幸せを祝福するという、尊い行為にめざめたんだ、おれは」
「どうだかな」
 武彦が首をかしげた。
「おぬしは見張っているようにしか見えんぞ、じっさいな。嫉妬深い異母兄のように」
 笑いが起こった。それは、皆がじつはそう思っていたということであり、小倶那はいたたまれない気持ちになった。
 菅流のことを気にしていないといえば、うそになる。遠子のもとを今まで訪れずにいたのは、菅流のまなざしがやけに気になるのも大きな理由のひとつだったのだ。
「本音を言おうか」
 菅流はほがらかに笑った。彼はそういうとき、小倶那が気後れするくらい清々しい男振りを発揮するので、ほんとうにたちが悪い。
「今まで子どもだとばかり思っていたおちびちゃんがこんなに気になるのは、ほかの誰かに渡すのが惜しくなったからだ。いつのまにか遠子は、一皮むけるみたいにべっぴんになったからな。ぐずぐずしていると、誰かにさらわれてしまうぞ。あいつは今なら、いい嫁になりそうだ」
「冗談にしては、おもしろくない」
 小倶那は腹が立って、杯を一息にからにした。菅流はきつくにらみつけられても一向に動じないようで、舌を出した。
「さあ、おもしろくないなら、さっさと寝てしまえ。おまえの飲む酒はもうないぞ」
「もう、けっこうだ」
 乱暴に杯をおくと、小倶那は円座を蹴りたてる勢いで席を立った。

「おぬしときたら」
 武彦やほかの人々の責めるような視線を、菅流は受け流した。
「おまえたちの命が、ぐずぐずして共寝にもおよべない弱腰だということを認めろ」
「あのお方はそれほど大事になさっているのだ、遠子どののことを」
 武彦はため息をはいた。
(まったく)
 小倶那を寝床に追いやったはいいものの、落ち着かない心地で菅流は足を組み替えた。
 たいていのことは思い通りになるのに、自分の心が言うことをきかない。それがひどく腹立たしいのだった。
 御統をたずさえて日高見のあちこちを飛び回った。そうしているうちに、菅流自身が彼女を追い求めているような錯覚におちいったのだった。
(そうだ、錯覚だ、錯覚)
 遠子は最初から最後まで小倶那のことしか見えていない。そんな女に恋心を抱くことなど、万に一つもありえないのだ。だから、いま感じている胸の痛みも嫉妬などではなく、八塩折でむせたせいだ。
 遠子を探す小倶那の心に共鳴して、菅流も彼女を必死に捜した。思い出されるのは、笑顔ではなく、いつもふくれっ面というすさまじい美人のこと。かわいい口からは、容赦ない言葉がとびだす。
 三野の姫とはいっても、遠子は象子とはまったく違う。
(この色男をさしおいて、小倶那しか見えないだと。本当にばかにしている)
「おぬしは、そうか。遠子どのの崇拝者というわけか」
 武彦の物言いに、菅流は吹き出した。
「おいおい、おれが誰かを崇拝するような男に見えるのか」
「命を懸けて一途に想うということは、誰にでもできることではない。想うだけでなく、行動も伴うとなると、いっそう困難だ。おぬしは、難事をやってのけたあのお方に惹かれるのだろうよ。われらが命からどうあっても離れがたく感じるように」
 菅流は言葉に詰まって、髪をかきむしった。
「ああ、わかったよ。そういうことにしておいてやる。うるさいな、笑うな。・・・・・・そこ、同情などするなよ。おれはあわれまれるのが一番きらいなんだから」
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