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祝言の日まで1

Category空色勾玉 二次
 原作終了後、二人の祝言の日まで






「ところで、はじめてきくが、祝言とはなんのことだろう」
「なんと」
 そう言ったきり、一つ目を鏡のように丸くして開都王は言葉をなくしたようだった。
「一緒に暮らすんだよ。夫婦は」
 鳥彦が言うと稚羽矢は首を傾げた。
「暮らす、か」
 狭也は稚羽矢をみつめた。
 長い間夢を見て暮らしてきた人に、暮らすという言葉は腑に落ちないのかもしれない。
 死から遠い存在だった稚羽矢は、人の営みというものからもまた遠く隔てられていたのだ。
「ということは、鳥彦と開都王は祝言を?」
「オエ。勘弁してよ」
 鳥彦は狭也の肩にとまり、羽でくちばしを覆う真似をした。
「私もごめんこうむる。作戦上共にあることが多く見えたか。夫婦とはそういうことではない」
 開都王はあきれたように手を払った。
「けものがつがいになることは知っているな」
「それならわかる」
 開都王はぱっと顔を輝かせた稚羽矢に苦笑を返しながら、続けた。
「人も引かれあうもの同士がつがう。一度相手を決めたら、だいたいの者は片割れが死ぬまで共にある」
「そうか、死ぬまでか」
 稚羽矢がなにを考えているのか、狭也にはわからなかった。あまりうれしそうではないのが気になったけれど。
「結構長いよ、人の寿命も」
 鳥彦が狭也の耳元でささやいた。



 闇の兵たちは厩の近くに幕屋を張った。膳夫が炊き出しをする煙が暮れかけた空にたなびいているのが見える。
 与えられた幕屋の一つで座り込んでいた狭也は、とりとめもないことを考えていた。羽柴の狭也であったときのこと、月代王の采女であったときのこと、水の乙女として氏族の前に立ったときのこと、そして、誰かを恋い慕う気持ちを知ったときのことを。あの洞窟ではぜていた火と、それを挟んであの人をみつめた瞬間のことを。
「狭也」
 ぎくりとして狭也は肩を揺らした。
「どこへ行っていたの」
「開都王のところだよ」
 狭也の幕屋は稚羽矢の居場所でもあるのだった。狭也が生き返った経緯を知る皆は、二人を一緒にすることを当然だと思っているらしく、狭也の恥じらいなどはなきものとして扱われたのだった。
(この人はどう思っているのかしら)
 狭也だけが緊張して気持ちを張りつめるなんて、不公平なような気がした。
 入るなり、稚羽矢は狭也の手を取り笑った。それは本当に自然な仕草だったので、戸惑いを隠すために狭也はそっぽを向いた。
「外は寒いよ。凍えてしまう」
 入り口の厚い布を閉めようとするのを狭也は止めた。一番星が空に光った。もうすぐだ。
「もう少しだけ開けていて」
 稚羽矢はふしぎそうだったが、なにも言わなかった。ただ、ぎゅっと狭也の手を握った。
「なぜ狭也の手は暖かい?」
「温石を持っていたもの」
 科戸王の供が、ついさっき持ってきてくれたものだ。
「あげないわよ」
 すこし意地悪を言っても、稚羽矢は気にとめないのだった。
「狭也の手で暖をとろう。わたしはそのほうがいい」
 稚羽矢の手の冷たさが、どうしてこんなに落ち着かない気分にさせるのだろうかと狭也は思った。
 本当はわかっている。恋しい人がそばにいて、触れてくれている。
 そのことがまだ信じられなくて、胸が苦しくなる。
「明日、岩姫を送るそうだ」
 稚羽矢はつぶやいた。
「感謝というものを、どうしたらできるのだろう。狭也を取り戻せたのは、あの人が形代になってくれたからだ」
「ずっと忘れないことだわ。こうしてここにいられることは、当たり前でないから」
 すぐ近くにいるせいで、稚羽矢が息を吐き出したのが頬にかかった。
「ありがとう」
「きっと聞こえたわ。岩姫様は笑っていると思う」
 そうであってほしいと思わずにはいられなかった。
「今のは狭也に言った」
 思いがけないことに、稚羽矢は言いにくそうに唇を噛んだ。
「わたしとともに戻ってきてくれて、ありがとう」
 狭也は信じられない思いで稚羽矢をみつめた。
「狭也を見失った時、恐ろしかった。わき起こってくる気持ちを制することができなくて、苦しくて息ができなくなりそうだった。狭也を奪う死を憎みさえした」
 眉をひそめ、稚羽矢はひととき目を閉じた。
「わたしは死というものを、望んでも得られないものだから慕わしいと思っていたのかもしれない」
 なにも言わずに狭也は彼の手を握った。
「望んで死を賜った今、わたしは狭也とともにあることが叶う。死を見つめられるようになったからこそ、生も輝くのだとわかった」
 思わず稚羽矢の肩に顔を埋めると、狭也は震える声で言った。
「あなたの兄上はご存じなかったことだわ」
 心から誉めたというのに、稚羽矢は不満そうだった。
「狭也は兄上の采女だったね」
 いまさら咎めるような声で言われたことに驚いて、狭也は顔を上げた。
「そうよ。あなたも知っていたでしょう」
「兄上は、最後まで狭也を見ていた」
 稚羽矢は幕屋の外に目を凝らしていた。彼の視線の先にあるものを見て、狭也は笑ってしまった。
 西の空に月がのぼったのだ。
「だから布を垂らさなかったんだ。寒さを我慢してもみたいものがあるんだね」
 狭也は少しあわてた。
「天へお帰りになるところを見られなかったんだもの」
「狭也は、悲しいか? 兄上がそばにいた方がうれしいのではないか」
 狭也は目をこすった。月の淡い光を受けて、稚羽矢の横顔はまさに月代王のかんばせにそっくりに見えたのだった。見つめてくる瞳は闇を映して黒々と光っているようだった。聞こえてくる吐息は細く、はやい。狭也は見つめていられなかった。目を合わせていたら、息が止まってしまいそうだった。
「あのお方を憎めるはずがないわ」
 稚羽矢は手を離した。ついと目をそむけ、身を引いた。
 急に突き放されたようで、狭也は驚いた。
「あなたは忘れているわ。あたしたちは今こうして一緒にいる。それではいけないの」
「狭也こそ」
 稚羽矢はほとんど怒ったような声で言った。
「わたしを見ないね、ずっと。目を合わせないことに気づいていた。わたしを見ないで月を見ている。それは兄上の御影が狭也のもとにまだとどまっているから?」
「誤解だわ」
 口づけまで交わした人にそんな疑いをかけられるとは思ってもみないことだった。確かに目を合わせることを避けていた。しかし、それは恥ずかしかったからだ。稚羽矢に見つめられると、隠しようもない心を暴かれて、波打ち際で足下を砂ごとさらわれるような心許ない気持ちになるからだ。
「あなたのほかに誰を呼ぶというの」
「わたしが今、どんなにおそろしいことを思ったか、知ったら狭也は怒るだろう」
 ふいに稚羽矢は立ち上がると、後ろも見ずに出ていった。
 
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