麗し女を、ありと聞こさば4

2011.11.30.Wed.18:47
「御方はいずこにおわすのだ」
 よほどしびれを切らしたと見える。篝火のもとで見る山城王の顔は憤りのためか赤黒くくすんでいるようだ。
「さあ。こちらも探しているのだが」
 科戸王は素っ気なくこたえた。
 すでにあたりは暗くなり、庭のあちこちに火が焚かれていた。まもなく宴の始まろうと言うときに、稚羽矢はちらとも顔を見せない。どうせのこと、一番安全なところにでも籠もっているのだろう。
 自分から出てこないなら、引きずり出すまでだ。
「探している? 隠しているのだろう」
 山城王は疑わしそうに眉をひそめた。
「そう大きな声を出さずとも聞こえる。少々落ち着かれたらどうです。そんなに息をきらせて。お疲れなら、お座りなさい。そういきり立つのはよくない」
 科戸王は胸ぐらをつかみあげられた。間近には見たくもないむさくるしい顔は、怒りにゆがんでいた。
「年寄り扱いをするな、若造め。この間まで母の乳を吸っていたような顔をして」
 科戸王はあらっぽくその手を払いのけると、鼻を鳴らした。
「齢を重ねればいいというわけでもない。見た目はわたしの父のようではあるが、中身は翁のように神さびておられる山城の将軍どの」
 ふと、このように言葉を交わせることが不思議に思えて、科戸王はまじまじと目の前の男を眺めた。輝に仕え、敵対していた将軍と、業物を持たずに真向かえるとは、正直少し前までは思いもしなかった。
 山城王は強ばった顔つきでつぶやいた。
「大王の御前では、律儀者の顔をしているが、今日こそはそれが偽りだとわかったぞ。そなたは目的のためには手段さえ選ばぬ汚い奴だ。情けをかわした娘を、まさか大王に差し出すとは」
「なんのことだ」
「とぼけるか、この」
「おやめください!」
 突然あざやかな裳の朱色が目に飛び込んできて、科戸王は驚いた。息をきらせた狭也は、これから神楽でも舞うような姿で、うつくしく化粧をして髪を整えていた。
「探したわ。本当に、どこにいたのです」
「どこも何も。稚羽矢を探していた」
「あの人なら、もう準備をすませています。さあ、山城王もどうぞご一緒に。そんな格好では、大王はお許しになりませんよ」
 狭也に従いたくないという苦渋が、山城王の目に浮かぶのを見て、すこしだけ気が晴れた。狭也は希有な娘だ。自分が疎まれているとわかっていて、知らぬふりをして相手の懐に飛び込むことができる。それは、誰にでもできることではない。
「さあ、お急ぎください。天の宮の方々は、大王ほど寛容ではありません」
 狭也に手をとられ、そのあたたかさに戸惑いながら、科戸王は言い募った。
「どういうことだ。天の宮だと」
 思ったより強く腕をひかれて、科戸王はよろけた。白い頬を篝火のだいだいで染めた狭也を間近にすると、問いかけたことすらも忘れそうだった。
 まばたきをしてふとこちらを見上げた狭也は、ほほえんだ。
「麗し女を、ごらんになって?」
「ああ。・・・・・・よく見える」
 素直に言うと、狭也はあっけにとられたような顔をした。つかんでいた手を離し、そっぽをむいた。その横顔からも目を離せないのは、どういうわけなのか。
「からかわないでください。ほんとうに、もう」
 衣の袖をひっぱられて歩きながら、同じようにしてしぶしぶついてきた山城王は、皮肉たっぷりにつぶやいた。
「科戸どの」
 ごく小さな声だったので、狭也は気づかなかったようだ。
「闇の巫女どのの魅力は、どうやらわたしには、さっぱり理解できんようだ」
「それは、けっこう」
 科戸王はばつが悪い思いで、言い返した。
「ままならないものを、ご存じないとはまことに幸運なことですな」  
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