勾玉三部作、親子で楽しんで楽しんでいますよ! とのコメントいただきました
新規入隊
これからもひっそりと地道に! 三部作愛読者を新規開拓、再読促進を進めていきたいと思います。

 

 

 

 

 
 しろい乳房に吸いつく赤子を、狭也はいとおしげに眺めている。
「前に見たときより、ずいぶんしっかりしたわね。そう思わない? 少しみない間に、ほんとうに丸々と愛らしくなって」
 そう言い掛けられて、稚羽矢は戸惑った。前がどうだったかなんて、おぼえていない。あたたかそうな衣にくるまれた子は、いつだって誰かの腕に大事に抱えられている。抱いてみよと渡されるのを、稚羽矢はそらおそろしいような気がしてずっと遠慮してきたのだった。むろん、よくみたこともない。
 ちいさすぎる。
 落としたら、取り返しがつかない。
「おっかなびっくりでは、この子も落ち着かないわ」
 さしのべかけた手を、稚羽矢はひっこめた。
「・・・・・・やめておく」
「そうね。また来ましょう」
 苦笑いした狭也は、やさしく稚羽矢をうながした。



 闇の女人が子を産んだ。
 狭也は自分のことのように喜び、赤子の世話をしたがった。
 そう話すと、鳥彦は忍び笑いをした。
「狭也もすぐに母親になれそうだ」
「・・・・・・そのことで、聞きたいことがある」
「なんなりと、大王」
「子をさずかるには、どこへ行けばいい」
「どこへって。なにを聞いていたの、今まで」
 あきれた声で鳥彦はうなった。
「あれだけ丁寧に開都王が話して聞かせていただろ。うんうん頷いて、すっかり心得た風だったじゃないか」
「だいたいのところは」
 稚羽矢は欄干によりかかり、ほほに手を当てた。
「そういうことではない」
「稚羽矢でも、気負ったりするの。まったく、平気な顔をしていると思ったけど。ええとね、授かるかどうかは、地上にいるおれたちには預かり知らぬことだというのだけは確かだ。望んで叶わないことも、もちろんある」
「・・・・・・そうなのか」
 鳥彦は、返す言葉が思いつかないように、くちばしをならした。



 寝床に横たわっても眠れずに、稚羽矢は何度も寝返りをうった。
 気配に気づいたか、狭也は鼻にかかったような寝ぼけた声でどうしたの、とたずねた。
「なんでもない」
 かるく吹き出すような声がした。
「あなたも嘘をつくときがあるのね。何か心配事でもあるの? 言ってごらんなさい」
 稚羽矢は少しのためらいのあと、正直に言った。
「狭也にあげたいものがある」
 うれしげに、狭也は笑った。
「そろそろ花が咲きそろうころね。春の野原に連れて行ってくれるの?」
 月の出た晩は、灯りを消してもよくものがみえた。狭也のほほえみはやわらかく、みつめているとすべてが許され、悩みがほどけていくような気持ちになる。
「赤子を・・・・・・あなたの体にくっついて離れないような子を」
 一つ寝床で、わずかな隙間もうめるように狭也は稚羽矢の胸に顔を埋めた。
「あなたからそんな言葉を聞けるなんて」
「皆がわたしではなく、あなたをせっつくのが、なんだか辛い気がする」
 狭也は身じろぎをした。
「言祝ぎだもの。みんないろいろ心配したりしてくれるけれど。ゆっくりでもいい。あなたがそう言い出してくれるのはうれしいけれど」
 寝床をともにするようになってから、両手で数えられるほどの晩をともに過ごしてきた。すぐとなりに誰かの息づかいを聞きながら眠るのは、稚羽矢にとって不思議と落ち着くことだった。すこし手を伸ばせば、あたたかな人肌に触れられる。
「急いてはいけない?」
 稚羽矢は、どうしてこれほど胸が苦しくなるのか、いぶかりながらささやいた。
「わたしが、見たいんだ」
 満たされる。夢をみるよりも心がおどる。
 かすかな吐息をすくうように、稚羽矢は抱きしめた人に口づけをした。
 
  

 

 

 

 


 花かんむりを捧げられて、稚羽矢は目をみはったが、すぐにうれしそうに受け取った。
 娘たちは笑いさざめきながら、春の野を色とりどりの衣でにぎわしている。狭也は少しはなれたところからそれを眺めて、息を吐いた。
 稚羽矢は人々になじむようになってきた。
 うれしい、よかったとは、思う。 
 でも、気が気でない。誰にも明かせないことだが、少し見回しただけでもきれいな花はいくらでもあるし、稚羽矢がひとたび望めば、つむのは思いのままなのだ。
 そんな気持ちにならないほうがおかしいと、狭也は少々くさくさした気分で考えた。
「割り込んでいけば?」
 ひざに名も知らぬ花を落とした鳥彦は、そのまま近くの木にとまった。若芽ふく枝がしなる。
 首を横に振ると、狭也は苦笑した。
「いいのよ」
「そうして座っていて、楽しいの。ひとりでさ」
 鳥彦は羽をめいっぱいひろげてみせた。青空に闇がさす。
 烏の羽は、どうして夜の色をしているのだろう。
 いつか、稚羽矢は狭也に手枕をしながらそうつぶやいたことがあった。
 狭也の髪も、夜の色だねと。
 変わらないわ、おんなじよ。そう言ったら、稚羽矢はしばらく考えたあと、まじめな顔つきをした。
 ちがう。あなたのは特別だ。黒より濃い、闇の色だ。こうしてふれていると、安らぐ色だ。
「狭也、ごらんよ」
 遠くで稚羽矢が手を振っている。
 狭也は、ほほえんで、袖を大きくふりかえした。
 

 

 

 

 


 スピーカーからきれぎれの節回しが聞こえてきた。
「あれはなんだろう」
「気になる?」
 軽トラックがのんびりと売り歩くのを呼び止めると、ヤキイモをひとつ買った。わるいことに、持ち合わせが足りない。
「稚羽矢、百円持ってる?」
 ポケットをごそごそ探った稚羽矢は、無造作に小銭をつかみだして見せた。
「割り勘ね」
 二つに割ると、ほかほかと湯気がたちのぼった。いい匂いがする。片方を渡すと、とまどったように稚羽矢は見返してきた。
「やいた、いも? はじめてみた」
「おいしいわよ」
 公園に寄り道して、だれもいないベンチに座って食べはじめた。はじめは熱さと格闘していた稚羽矢も、一口かじると気に入ったようで、少し焦げたところも、皮ごと食べてしまった。
 指をなめながら、稚羽矢はじっと狭也をみつめた。
「もっとほしいの?」
 ヤキイモを見られているとはわかっていても、なんとなく食べづらい。
稚羽矢はごくんとのどをならした。何も言わずに手を伸ばしてくる。
「だめ。あげない」
 食べかけを取られるのも恥ずかしい。稚羽矢の胸をおしながら、もう片方の手はヤキイモを死守するため高くかかげた。
「だめ」
 大きな手が、頬にふれた。と思うと、あっという間に顔が真ん前にやってきて、唇がふれあった。はしについていた小さなかけらをなめ取られたのだ。狭也は飲み下しそこねたいもで、しばらくむせた。背をたたいてくれるのはありがたいが、それどころではない。
「おいしそうに食べるね」
 やっと落ち着いた頃、稚羽矢は感心したように言った。
「半分にしたのに、あなたのほうがうまそうに見えた。味は同じようだけど。へんだね」
 ささやく声に鳥肌が立つ。
「もういちど、食べてみて」
 稚羽矢は無邪気にほほえんだ。
 

 

 

 

 


 うめくような、しわがれた自分の声で稚羽矢は目覚めた。
 身を裂かれるような痛みと、口の中に広がるねばねばした血の味に吐き気がする。
「目が覚めたか」
 つめたい声がした。
「寝ていろ。中途半端は迷惑だ」
 室にやってきた科戸王は、にらみおろしてきた。
「もう、いい。危ういところは、すぎた」
 血を吐きだすと、稚羽矢はこぶしで唇をぐいとぬぐった。
 狭也が連れ去れたとき、こみ上げてきた気持ちがなんなのか、稚羽矢はわかりかねた。あれくるう海そのものに自分がなったような、そんな心許なさ。それが怒りというものなのかもしれないと、科戸王の目を見て稚羽矢は思い当たったのだった。
「わたしは、たぶん・・・・・・怒っている」
 去りかけた科戸王は、顔だけふりむけた。
「あの人を守れなかったことがくやしい。許せないと、そう思う」
 王は沈黙のあと、目を細めて稚羽矢をにらんだ。そして、ただ片手をあげて出て行った。
 血のこびりついた手を開くと、狭也の勾玉を見たような気がした。
 あおい水の流れ、空の色。あたたかな命の鼓動する音が、聞こえてきたような気がした。
 耳をこらせば、それはずっと近くにあった。
 射抜かれた胸は、それでも静かに鼓動を打ち続けている。
(不死とは・・・・・・。神とはなんなのだろう)
 なぜ鳥や鹿や魚でなく、人の姿なのだろう。
(なぜ、わたしはこうして生きている?)
 耳の奥に、自分を呼ぶ声がよみがえった。
 見ていることしかできなかった。たくましい腕にいましめられ、いななく馬上で髪を振り乱して叫んだあの人。いちずに、こちらを見ていた目が忘れられない。
「狭也」
 取り戻さなければならない。必ず。
 稚羽矢はこぶしをきつく握りしめた。
 

 

 

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りえ

Author:りえ
基礎絵本セラピスト®
妖怪博士(中級)
漢方養生指導士(初級)

養生とは、生命を養うこと。
健康を保ち、その増進につとめること。

絵本セラピーで心をほぐし、ときに妖怪でほんわかし。
漢方の考え方で身体をやしなっていきます。

無理しない、頑張らない「養生」日記です。

古代日本好き。


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