水神のおしごと

2012.02.20.Mon.05:25
 はっきりと申し上げます。
 いわゆる地球温暖化というものは、しーおーつーが増えたがゆえではありませぬ。

 この星は何百年という周期で、抱えもつ温度が上下してまいりました。それはひとえに、太陽から注ぐ光線の量が主となり関係しているのです。
 人々は「えこ、えこ」と声高に叫んでおりますが、私からしますれば、まさに背中がかゆいのに足をかいているようなもの。
 人が生きる上で吐く息を、どうして止められましょうや? まして、息を吐く権利を金子で売り買いするなど、狂った者の所行です。
 私は、水神。
 水の一滴でもあらば、あらゆるところに存在することができるのです。あなたがたの血や肉、食べ物の中に。ときに地にそそぐ雨となり、ときに雲として青い空に流れる。
 長い時をそうして過ごしてまいりましたが、太陽からの熱が高まってきたのを感じたのは、しごく最近のことです。
 いうなれば風邪にかかったように、この星は熱を持ち、地は乾ききり、雨も降らぬようになったのです。
 ですが、何百年か前にも、このようなことはございました。水神である私がおりますれば、しかとご安堵めされませ。八百万の神がみの中でも、今この時、もっとも人々に求められるは私でありましょう。
「それを思い上がりというんだ」
 私の身内でもある風神が、ちくりとつついてまいります。
「本当のことよ。水がなければ生き物も木も草も死んでしまうわ」
 思わず娘のような物言いをしてしまった私を、横目で眺めて風神は続けます。
「雨だけが大事なわけではない。雨雲を流す風が吹かねば過ぎたる災いにもなる」
 このお方とどうにもそりが合わないのです。雨風は手を携えることが多いものですから、仲がよいに越したことはありません。ですが、この方の態度といえば、天のさらに上から見下ろすかのように尊大なものなのです。
「のぼりにのぼって、太陽に焼かれてしまえばいいのに」
 小さくつぶやいたのを聞きとめて、かの神はお笑いになりました。
「そんなことをぶつぶつ言っている間に、雨を降らせろ。せいぜいきばれよ」
 何を偉そうに。
「はいはい」
「是は一度だ」
 くやしい。どう考えても、風がぴゅうと吹くのより、雨を降らせるほうが大変なのに。雲をたたき、雨を降らせることはそう簡単なことではないのです。天に地にただよう無数の神がみを取りなし、またはうまく調子を合わせて「せえの」と音頭をとらなければならないのですから。
 裸で寝転がり、風袋を枕にしているような神とは違います。……今こちらをにらみましたが、知らぬふりをしてやって、ちょっとすうっとしました。
 水はどんな入れ物に注がれても形を自由に変えます。それが水のさがというもの。でも、きらいなやつは、きらいです。私は目にもの見せようと、声を上げました。
「せえの!」
 いつもなら、の、を言い終わらないうちに雨が降り始めます。
 おかしい。もう一度。
「せぇえぇのぉ!」
 空は青く、日ざしはかげりもしません。それどころか太陽は惜しみなく輝き、その熱でこちらがどうにかなってしまいそうです。
 私は少々、焦りました。
 神がみの機嫌を取り結ぶことは、得意と自負しております。なにしろ、長い時のあいだ、持ちつ持たれつでうまくやってきたのですから。経験というやつです。
 おもむろに身をおこした風神のほうを見られません。無言でにらんでくるのをやめてほしいのですが、そんなことも言えないこの臆病者を、どうか笑ってください。
「ねえ、何を遊んでるの」
 そんなところへ、まさに、ぐっじょぶ! 訪ねてきたのは雷神でした。
 水神、風神、雷神は昔から人々の畏敬の念を集めてまいりました。どこかのんびりとした雰囲気の雷神がいなければ、私は風神のかけてくる圧力に耐えられなかったでしょう。
「うん、雨、降らなくて」
 気を張りつめていたのか、雷神の緊張感のない顔を見ると涙がでてきました。
「じゃあ、気分でるように、雷落としてみよっか」
 昔からいいやつだと思ってきましたが、本当になんてやさしい神なのか。風袋をひじの下において寝そべっているやつなんて、論外です。最低です。風袋破いたろか。
 雷神はつかいこまれた一族伝来のバチを振りあげ、打ちおろしました。上昇気流がまきおこり、それは言うまでもなく風神が手を貸したものなのですが、素直にありがとうとは言えません。
 ごろごろと大音響がとどろき、さかまく風もあいまって、黒い雲は揺すられ、いい感じにこねあげられていきます。
 私だけではだめなのです。皆の力を借りなくては。風神が淡々と仕事をする様子をちらりと見ると、かの神はそれに気づいたか、少しだけほほえみました。
 もう失敗はできません。水神の誇りにかけて。
 ざわつく心のまま、私は叫びました。
「せえええのおおおおお!!」
 
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